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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)310号・昭59年(行ケ)169号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

(一) 原告は、本件審決は本願発明における構成の一部について、それが周知の技術手段ではないのにその認定を誤り、ひいて本願発明の奏する特段の効果を看過誤認した結果、本願発明をもつて周知の技術手段及び引用例に開示された技術手段に基づいて容易に発明をすることができたとした違法があるから、取り消されるべきである旨主張するので判断する。

1 当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証の二ないし五(いずれも本願手続補正書)によれば、本願発明は、火災のため救命衣を着用して火災現場を通り抜ける時、熱せられた床部に足の裏が接するのでやけどをし易く、また、足の甲に落下物が当たつて歩行困難になることが多いので、このような支障なしに罹災者が火災現場から安全に脱出しうる下半身用救命衣を提供することを目的としたものであつて、「(イ)表裏二枚の布地を重ねて平面裁断し、(ロ)その輪廓を上部開口部のみを残して一体化して袋状にし、(ハ)股間部を円弧状にし、(ニ)上部開口部の両側腰部を円弧状にゆるみをもたせ、(ホ)足部先端も円弧状にし、(ヘ)足部の先端位置およびその近くの表裏両面に耐火性および断熱性が非常に強くかつ救命衣の足部に使用者の足を挿入した時、その救命衣の両足部の先端部の近くの位置で、少なくとも使用者の足の踵の部分が位置する所が容易に屈曲しうる程度の柔軟さは保持するけれども、比較的硬質の盤状部を設けた構成よりなる下半身用救命衣」であることを、認めることができる。

2 そして、被服の裁断法として、平面裁断法と立体裁断法があり、本願発明が平面裁断法によるものであること本願発明における前記構成のうち「表裏二枚の布地を重ねて平面裁断し」なる構成が本願出願前平面裁断法において周知の技術手段ではあるが、その余の(ロ)ないし(ホ)の構成が平面裁断法において周知の技術手段ではないことは、当事者間に争いがないところである。してみると、本件審決は、本願発明における右(ロ)ないし(ホ)の構成が、平面裁断法において周知の技術手段ではないのに、これらが、いずれも周知の技術手段である旨誤つた認定判断をしたことになる。

3 ところで、右(ロ)ないし(ホ)の構成は、被告主張のように、もう一つの裁断法である立体裁断法において、本願出願前周知の技術手段であることは、原告も認めて争わないところである。そして、被告は、右周知の技術手段を本願発明における下半身用救命衣についての平面裁断法に適用することは、当業技術者において容易に想到しうるものであるから、本件審決が前記のようにその認定判断を誤つたことは、本件審決の結論に影響を及ぼすものではない旨主張するので、本願発明の各構成について検討する。

(1) 前記(イ)の「表裏二枚の布地を重ねて平面裁断し」の構成について

裁断法として平面裁断法と立体裁断法があり、平面裁断法は表裏二枚の同じ形状の布地を重ねて縫い合わせる方法であつて、この方法が本願出願前周知の技術手段であること、しかして右(イ)の構成が平面裁断法によるものであることは、当事者間に争いがなく、この事実によれば、下半身用救命衣を作る場合は平面裁断法か立体裁断法のいずれかの方法によることとなるが、平面裁断法を用いて本願発明の下半身用救命衣を作ることが困難であつたと認めるべき証拠はない。

原告は、本願発明が、火事などの災害時に短時間に着衣するなど迅速確実に着用する必要上どちらを前にしてもよく、また製造が容易で多数の救命衣を重ねて保管して整理したり、洗濯したりすることができるなど原告主張の特段の効果を奏する旨主張し、平面裁断法により下半身用救命衣を作ることの困難性を述べるようであるが、平面裁断法が表裏二枚の同じ形状の布地を重ねて縫い合わせるものであることから、平面裁断法により衣服を作ると、前後の区別をする必要のない衣服ができ上がることは見易い道理であり、前後の区別をする必要がないからそれだけ着衣が早くなることは当然のことというべく、その他の原告主張の効果(ただし(七)において主張する効果を除く。)も平面裁断法における前記周知の技術手段から生じる効果の域を出ないと解するのが相当であるから、右(イ)の構成は、本願出願前周知の平面裁断法を下半身用救命衣の裁断法として適用したにすぎず、当業技術者が容易に選択することができた設計的事項にすぎないものである。

(2) 前記(ロ)の「輪廓を上部開口部のみを残して一体化して袋状にし」た構成について

右の構成が、立体裁断法において、本願出願前周知の技術手段であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第一、二号証、第四号証、第六ないし第八号証(乙第七号証は公開実用新案公報、その他はいずれも実用新案公報で、いずれも本願出願前公知のもの。)によれば、立体裁断法におけるものではあるが、右構成の衣服が本願出願前周知であることを認めることができ、しかして、平面裁断法により作られる本願発明の下半身用救命衣において袋状に形成した状態が、袋状である点において、前顕乙号各証により認められるそれに比して格別特徴がある形状をしているものと認めうる証拠はなく、また、立体裁断法における右周知の技術手段を平面裁断法に適用することにつき困難性を有すると認むべき証拠もない。

原告が、右構成としたことにより本願発明の奏する効果(ただし、(七)において主張する効果を除く。)として述べるところも、前顕乙号各証の記載及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、立体裁断法における本願出願前周知の右技術手段において奏する効果の域を出ないものと解するのが相当で、してみれば、本願発明の右構成は立体裁断法における本願出願前周知の右技術手段を平面裁断法に適用することにより容易に想到しえたものとするのを相当とする。

(3) 前記(ハ)の「股間部を円弧状にし」た構成について

被服一般において、活動のし易さを考慮して、右構成のように、股間部を円弧状に形成することが、立体裁断法において本願出願前周知の技術手段であることは、当事者間に争いがない。そして、前顕乙第一、二号証、第四号証、成立に争いがない乙第三号証(本願出願前公知の実用新案公報)によれば、右乙号各証に開示されているものは、いずれも立体形状の下半身用衣服において股間部を円弧状に形成していることを認めうるところ、この事実からすると、立体的な厚みを有するように構成された下半身用衣服においてさえ着用者が動き易いように股間部を円弧状に形成していることを知ることができ、そうであれば、本願発明が平面裁断法によるものである以上、衣服の前後に厚みの存在を考慮しない平面裁断法による衣服においては、着用時の人体に沿う前後の厚みを、その輪廓により補う必要があることは、当業技術者において自明の道理であるというべく、したがつて、そのために、立体的な厚みをもつて構成される立体裁断法による衣服の股間部よりも大きな円弧状を必要とすることもまた自明の道理であるということができ、かつ、平面裁断法により作られる本願発明の下半身用救命衣において、股間部に形成される円弧状が本願出願前公知の前顕乙号各証により認めうる衣服に比して格別特徴がある形状をしているものと認めうる証拠はないし、立体裁断法における右周知の技術手段を平面裁断法に適用することにつき困難性を有すると認むべき証拠もない。

原告は、右構成により、本願発明が、誰でもすばやく着用し、避難するために老若男女の別なく、体位の大小に関係なく、胴囲の違う人が着用してもそれに対応して拡張、縮小する効果を奏する旨主張し、平面裁断法において右構成とすることの困難性を述べるようであるが、前顕乙号各証の記載及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、それら原告主張の効果は、立体裁断法における本願出願前周知の技術手段において奏する効果の域を出ないものと解するのが相当で、してみれば、本願発明の右構成は立体裁断法における本願出願前周知の右技術手段を平面裁断法に適用することにより容易に想到しえたものとするのを相当とする。

(4) 前記(ニ)の「上部開口部の両側腰部を円弧状にゆるみをもたせ」た構成について

人体の体形に関係なく着用しうるように下半身用衣服において右の構成とすることが、立体裁断法において、モンペ、軍服のズボン、運動用ズボンのように、本願出願前慣用されている周知の技術手段であることは当事者間に争いがない。そして、平面裁断法は立体裁断法に比べて衣服の前後に厚みのないものが作られるから、平面裁断法によるときは、立体裁断法によるその場合に比して多くのゆるみを腰部にもたせる必要があることは、技術常識上当然に考慮すべき事項であるというべく、また、本願発明は、右構成において、ゆるみの形状について「円弧状」とするものであるところ、その形状自体は、立体裁断法において、両側腰部にゆるみをもたせるために当然とられる一つの具体的手段として技術常識上自明のことというべく、立体裁断法におけるこのような周知・慣用の技術手段を平面裁断法に適用することにつき困難性を有すると認むべき証拠はない。

原告は、右の構成としたことにより本願発明は大小さまざまの体駆の人が直ちに着用して不具合のないよう、歩行や走行を容易にするなど原告主張の効果を奏する旨主張し、平面裁断法において右構成とすることの困難性を述べるようであるが、本件口頭弁論の全趣旨によれば、それら原告主張の効果(ただし、(七)において主張する効果を除く。)は、立体裁断法における、本願出願前周知の右技術手段及び技術常識から奏する効果の域を出ないものと解するのが相当で、してみれば、本願発明の右構成は立体裁断法における本願出願前周知の右技術手段、技術常識を平面裁断法に適用することにより容易に想到しえたものとするのを相当とする。

(5) 前記(ホ)の「足部先端も円弧状にし」た構成について右の構成が立体裁断法において、足先の形状と合致するものとして、本願出願前周知の技術手段であることは当事者間に争いがなく、足部の先端は人体において円弧状をなしていることは自明のことであるから、これが足部先端の形状と合致する円弧状にすることを選択することは、技術常識上道理に適つたことであり、かつ、これを平面裁断法に適用することにつき困難性を有すると認むべき証拠はない。そして、右の構成としたことによる本願発明において奏する原告主張の効果(ただし、(七)において主張する効果を除く。)も、本件口頭弁論の全趣旨によれば、立体裁断法における本願出願前周知の技術手段において奏する効果の域を出ないものと解するのが相当で、してみれば、本願発明の右構成は立体裁断法における本願出願前周知の右技術手段を平面裁断法に適用することにより容易に想到しえたものとするのを相当とする。

(6) 前記(ヘ)の「足部の先端位置およびその近くの表裏両面に耐火性および断熱性が非常に強く、かつ救命衣の足部に使用者の足を挿入した時、その救命衣の両足部の先端部の近くの位置で、少なくとも使用者の足の踵の部分が位置する所が容易に屈曲しうる程度の柔軟さは保持するけれども比較的硬質の盤状部を設けた」構成について

既に認定したとおり、本願発明は下半身用救命衣であつて、その用途が火災に際してこれを着用して火災現場を通り抜けるためのもので、熱せられた床部などの熱や火から足部を保護し、落下物が足の甲部に当たつても歩行困難にならぬよう支障なく火災現場から安全に脱出することができるようにするものであり、そのために、右の構成としたことは前顕甲第二号証の二ないし五により明らかである。したがつて、右の事実からすれば、右構成は、足部を火と熱に強い材質で構成し、しかも足部を傷めずに歩行、走行できるようその用途即ち使用条件により当然に要求される課題の域を超えるものではないと解するのを相当とし、また右構成による本願発明の奏する効果(ただし、原告が(七)において主張する効果を除く。)も右構成としたことによる特段の効果であると認むべき証拠はないから、右構成は、平面裁断法における本願発明において、引用例に開示された審決認定の技術手段(引用例に審決認定のとおりの技術手段が開示されていることは原告の認めるところである。)に基づいて容易に想到しうる程度のものであると解するのが相当である。

(7) (2)ないし(5)において述べたように、本願発明における(ロ)ないし(ホ)の構成は、立体裁断法において、本願出願前周知の技術手段を、本願発明の平面裁断法に適用することにより容易に想到しうるものであり、そのような構成としたことによる本願発明の奏する効果(ただし、原告が(七)において主張する効果を除く。)も立体裁断法における周知の技術手段の奏する効果の域を出ないものである。してみれば、本願発明は、本願出願前周知の平面裁断法及び立体裁断法における周知の技術手段並びに引用例に開示された技術手段を、下半身用救命衣の裁断法として適用したものであつて、結局、これら周知の技術手段及び引用例に開示された技術手段から容易に発明をすることができたものということができるから、本件審決が、平面裁断法である本願発明において、(ロ)ないし(ホ)の構成(被告主張の(ニ)ないし(四)の構成)も平面裁断法において周知の技術手段である旨誤つて認定判断したことは、結局、本件審決の結論に影響を及ぼすものではないことに帰する。

(二) してみれば、本願発明は周知の技術手段及び引用例に開示された技術手段に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと認定、判断して、特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができないとした本件審決に違法はない。

三 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないので棄却することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

表裏二枚の布地(1)を重ねて平面裁断し、その輪廓を上部開口部(2)のみを残して一体化して袋状にし、股間部(3)を円弧状にするとともに、上部開口部(2)の両側腰部(4)を円弧状にゆるみをもたせ、足部先端(5)も円弧状にし、その足部の先端位置およびその近くの表裏両面に耐火性および断熱性が非常に強く、かつ救命衣の足部に使用者の足を挿入した時、その救命衣の両足部の先端部の近くの位置で、少なくとも使用者の足の踵の部分が位置する所が容易に屈曲しうる程度の柔軟さは保持するけれども比較的硬質の盤状部(6)を設けた下半身用救命衣。(別紙図面参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面

<省略>

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